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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 飲茶 (その3)

◆はじめに

 この記事は飲茶さんの書かれた史上最強の哲学入門 東洋の哲人たちの要約その3です。その3では日本の話をします。

 インド哲学編と中国思想編はその1、その2を参照。

 

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◆要約

 以下の観点から整理する。

 ■日本仏教

  日本仏教が伝来したのは6世紀であるが、きちんとした形になったのは聖徳太子の時代。聖徳太子は17条の憲法にて仏教を敬いなさいとしている。このようにして、仏教が日本文化に溶け込むようになった。

 その後、海外に留学し、新しい仏教を持ち帰ってきた。それが最澄空海である。最澄天台宗延暦寺)、空海真言宗金剛峯寺)を開く。

 しかしながら、新しい宗派の誕生には混乱がつきもの。キリスト教や、インド仏教同様に、改革派と保守派に別れてしまう。

 改革派は民衆を救うことを目的とし、代表的な人物として法然親鸞などがあげられる。

 保守派は仏教哲学を追求し、代表的な人物として栄西道元などがあげられる。。こちらは禅を追求し、日本の哲学ともいえる思想を打ち立てた。

 その後、時代は流れ徳川の時代になると、キリスト教を排除するが救いは必要ということで、仏教は生かさず殺さずという状態になった。そして現在に至る。

 

 ■親鸞

  浄土真宗の開祖である。南無阿弥陀仏という念仏を唱えることで極楽浄土に行けるというものである。

  ポイントは非常に簡単であるということ。例えば、リラックスしたいときに、「そもそも緊張とは、交感神経が有意でありetc。」というのは実用的ではない。それよりも「南無阿弥陀仏(助けてください、阿弥陀様)」という方が効果があるだろう。(テンパっているときに「Oh,my god」という感じであろうか)

  プラセボでもなんでも、効果があればなんでもよいという、非常に現実的な宗派である。

 

 ■栄西

  臨済宗の開祖である。思考停止することで悟りに至る。そのために、公案を利用した。公案とは今風に言えばなぞなぞであろうか。例えば次のようなものである。

 「両手で拍手をするとぱちぱちと音が鳴るが、片手でやるとどのような音が鳴るだろうか?」

 当然答えなどないのだが、このような問いを行い、意味がないことに気づく瞬間、ハッとする瞬間、そのような瞬間に悟りが訪れるのである。

 

 ■道元

  曹洞宗の開祖である。ひたすら座禅に打ち込む(只管打座)ことによって、悟りに至る。

  我々は思考にとらわれている。悟りに至ろうと思うと悟りのことを考えてしまう。この世に真理は何もないということであるのに。ならば、悟りのことを考えないようにしようとするのが正解なのだが、悟りのことを考えないようにしようということ自体が悟りのことを考えている。

  このように、我々は思考にとらわれてしまっているので、空虚にする必要がある。そのためにひたすら禅をくむということを実施する。

 

◆まとめ

 3回にわたって東洋哲学の整理をしました。東洋哲学のポイントは、この世はすべて同一であることを体験することである。この体験に至るために、苦行をしたり、なぞなぞをしたり、禅をくんだりする。仏教の宗派の違いは、あくまで手段の違いであり、真理は同じなわけである。真理を得るには真理を体験する必要があるのだが、この点が非常にやっかいであり、言葉の限界である。

 本書はジョークもあり、笑いながら東洋哲学史を抑えることが可能な作品となっている。哲学は、書物をいきなりあたっても理解できない学問なので、このような本で一度ストーリーを抑えられるのはありがたい。